facobook11.jpg


はじめまして。

ブログをご覧いただき、ありがとうございます。
当ブログ管理人のかりんです。

私が2009年に脳出血した時から2015年までの流れをご説明します。



◎要約
2009年3月の18歳だったとき、大学受験のストレスでAVM(脳動静脈奇形)に大きな負担がかかったのか、いきなり脳室内出血。たまたま帰宅した母が、救急車を呼び、救急車の中で「意識不明の重体・瞳孔反応なし」という状態に。

そのまま緊急手術し、手術中にてんかん(けいれん発作)を起こしたようで、その後2年間はフェノバールというてんかん発作抑制の内服薬を飲んでいました。

手術後はもちろん全身麻酔と人工呼吸器をつけた体でした。主治医には「今週末までは全身麻酔をかけて、安静にしておく。正直なところ、命が助かるかはわからない」と言われました。でも、翌日に家族が私を見に来た時には、全身麻酔をしておらず、ちょっとした会話はできるほどまでに回復していました。

通常、脳室内出血を起こすと、発症後4,5時間で息を引き取るのに、本当に奇跡です!

写真付き!脳出血の体験談→ネット起業までの軌跡をわかりやすく記録した記事はこちら

それから1か月以上は、自分の置かれている状況がわからず、意識はあるけれど、記憶はない状態でした。

同年4月三度目の手術を向かえる頃に記憶が戻るようになって、まともな会話をしていました。
4月に行った三度目の手術は、水頭症のためVPシャントを入れました。

同年5月入院していた総合病院を退院し、リハビリ病院に入院したのです。

同年7月リハビリ病院を退院。
放射線治療(ガンマナイフ)を受け、脳動静脈奇形の消滅を願いました。

2011年8月検査目的で総合病院に入院し、脳動静脈奇形が消滅したことを確認。



◎詳細
私は2009年3月に先天性の脳動静脈奇形(AVM)が原因で脳室内出血しました。

脳幹の近くで出血したため、通常だと数時間で死に至っていたはずだそうです。


でも私は「意識不明の重態、瞳孔反応、人工呼吸器装着」という危篤状態になりながらも、生きていました。

「週末までは人工呼吸器をつけて全身麻酔する」と主治医に言われましたが、入院した翌日には人工呼吸器を外し、全身麻酔もしなくて平気なほど回復していました。

しかしまだその時は、意識はあって会話はできるけれど、記憶はない状態でした。

現在でも「出血してから1か月間のこと」はほとんど覚えていません。


入院してから14日間はICU(集中治療室)に入っていました。

また歩行困難、高次脳機能障害(記憶が苦手)などの後遺症がありましたが、懸命にリハビリすることによって乗り越えました。

水頭症になったため、VPシャントの手術をし、今での体の中に入っています。



リハビリ病院へ

リハビリ病院では主に、PT、OT、心理(知能)のリハビリをしていました。

入院当初は、手すりにつかまって歩かないとフラフラしていました。

でも入院して2週間後にはPTの成果が出て、スタスタ歩けるようになりました!

脳出血してからは外斜視になっていたけれど、身体や脳の回復とともに正常な位置に黒目がくるようになりました。



7月下旬
脳動静脈奇形を消滅させるため放射線治療(ガンマナイフ)を受ける。


2009年9月~大学に通う
大学入学1か月前に脳出血したため、大学1年の前期は休学し、後期からなんとか通学できました。
大学のシステム&わたしの努力の結果、たった3年半で大学を卒業できました!



2011年脳動静脈奇形の消滅を確認
放射線治療をしてから2年経ったので、アンギヨ検査を受け、無事に脳動静脈奇形の消滅を確認する。



現在の様子
4年制大学(商学部)卒業後、1年間は正社員として働いてから、独立して今は自分でWEB関連のビジネスをやっております。



現在も、頭には脳出血の手術の傷跡が残っています。

でも髪の毛が多いから見えませんし、体も元気なので、他人に「脳出血した過去」を話すと驚かれます!

脳出血前よりは頭痛が増えたと思うし、VPシャントの管が入っているところはたまに痛くなることもあります。

また元々忘れっぽい性格でしたが、それにしても物忘れが多く感じたため、2015年に(4年ぶり)総合病院でCT検査をしました。

CT検査で見ると脳はとても正常で、VPシャントの調子も良かったです。

また知能テストをすると平均の数値だったので安心しました^^

しかしながら、家族や職場の人に「すぐに忘れる」と指摘されることが多く、少なからず高次脳機能障害(記憶障害)は残っていると実感します。

そのため、会社で働くのは難しく、インターネット関連の仕事を自宅でしています。

自分でインターネット関連の仕事をするなら、仕事でミスしたり、忘れても、周りの人に迷惑をかけることが少ないため、高次脳機能障害者の私にとっては、最適な仕事です。



「死亡率99.9%の脳室内出血から劇的に回復できた理由」


それは・・・・・



”超ポジティブだったから”
です。

どんなに辛いことも前向きに考えるようにして、先のことは考えないようにしていました。

だって先のことなんていくら考えてもわからないのですから。

そして私は、医師にネガティブなことを言われても信じませんでした。
例えば「外斜視は治らない」「大学の休学は半年ではなく、1年間にした方が良い」など、医師からいろいろと言われました。

でも私は「外斜視は治る!大学は1年の後期から通う(休学は半年だけ)」と信じ、明るい未来をイメージしていました。

その結果、医師が行ったことよりも私が信じていたことが実現しました!

もちろん脳出血した患者さんのご家族や周りにいる大切な人たちも、患者さんに対して明るく接することが大切です。

なぜなら、私が入院生活を明るく楽しく過ごせたのは、

・毎日、お見舞いに来てくれた母
・お見舞いに来てくれた学生時代の友達


の存在が大きかったからです。

たとえお見舞いに来られない人とも、携帯電話でメールするなどの交流をしていたからこそ、元気になることが出来ました。

もしこの記事を読んでいる方で、身近に脳出血などの大病をした人がいるときは、悲しい顔をしないで、明るく接してくださいね!

そうすることで本人も自然と元気になり、早く回復できるはずです。

とにかく今を楽しんでいれば、良い未来が待っていると思います^^!

たしかに、死亡率99.9%の脳室内出血したのに生きていたのは”運が良かった”からかもしれません。

でも歩行困難や重度の高次脳機能障害など数々の後遺症をここまで回復できたのは、「前向きに生きたから」です。


かりんが脳出血してから、ネット起業し、会社経営者になるまでのストーリーはこちら!
奇跡は自分で起こす!18歳で致死率99.9%の脳出血から奇跡的に生還。在学中に高学歴男子集団でビジネスに目覚めた秘訣。

人生は自分次第!会社員を辞めてネット起業の道を選んだ、収入も労働時間も自分で決められる

なぜアフィリは95%が月5000円も稼げないのか?月収30万円以上稼ぐ人との違いとは?